福岡で見つけた“麗しき黒髪の乙女”の話

プロローグ

「○○さんは恋人はいるんですか?」
「うん、いるけど」
「そうですか……いるんですね……そうですか」
「何で?」
「デートに誘おうと思ったんですよ」

可愛い先輩

私が女性をデートに誘おうと思ったことなど過去に一度もなかったのだが、会社にいる可愛いくて格好良い先輩は、自分でも驚くほど何の躊躇いもなくデートに誘う気になった。先輩に借り物を返すために待ち合わせた(先輩の休日出勤の)土曜の朝、会社の最寄り駅で用を済ませた後、話があるから会社まで着いて行きますと歩きながら切り出したのだが、デートに誘うことは出来なかった。だからこれは恋の話ではない。

私には好きな女性に嫉妬する悪癖がある。京都で過ごした大学生活の後半、私はミスコンテストに出ていた女の子と自分を比べては、為体な自分の人生に呆れて落ち込んだ。それでもあまりに遠い存在だから、彼女に張り合って(彼女に釣り合う男になるために?)有意義な人生を送ろうとは思えなかった。結局、文系大学院に進学するほどに人生に迷った挙句、今に至る。

デートに誘い損ねた後、会社までの道のりで雑談を交わした。先輩の趣味は体を動かすことらしい。先輩は繁忙期で11連勤もしているらしいが、その日は会社に来る前の朝、ジムに行ったらしい。何と有意義な人生を送っているのか。あんなにも可愛いのに、中身まで充実しているのである。というより、中身が充実しているから魅力的なのだ。

翻って私ときたら、転勤で福岡に来てからというものの、多忙によるストレスにかまけて、余暇はくだら無い動画を観ているか、昼寝をしているかのどちらかである。それなりに有意義な趣味を持っているのだが、趣味に打ち込むことすら放棄しているのだ。あれだけ後悔した大学時代と何も変わっていないのである。

ところが。いま、私の憧れの人はすぐそこにいる。私のものには出来なくても、張り合うことはできる。ならば先輩のように有意義な人生を送り、先輩のように格好良い大人になろう。これは、平凡な日常の中にあって、私が大きくなる唯一のチャンスなのだ。

エピローグ

久しぶりに政治哲学の古典を読もう。積読になっていた著名投資家の名著も読もう。朝は5時半に起きてニュースを観よう。勉強になる経済ブログは毎日チェックしよう。忙しくても自炊はしよう。腰痛持ちだが、少しくらいは肉体的鍛錬をしよう。一ヶ月以上休会している英会話を再開するもの良い(先輩は英語が堪能である)。

福岡は二年間の予定である。恋人を作ったって、二年後には離れなければいけないのだ。ならば、二年間は先輩の背中を追いかけよう。私の人生を魅力的に変えてくれそうな“麗しき黒髪の乙女”を見つけたのだから。